日本多施設共同コーホート(J-MICC)研究10周年記念シンポジウム:第1部

内藤真理子氏

第1部は、名古屋大学大学院の内藤真理子氏が座長を務め、浜島信之氏(前主任研究者)、田中英夫氏(主任研究者)、若井建志氏(中央事務局長)の3名がそれぞれ、J-MICC研究の歩んできた道のりと将来展望について講演した。さらに、特別発言として三上春夫氏が12サイトを代表し、現場での苦労などを振り返った。

座長:内藤真理子氏(名古屋大学大学院医学系研究科予防医学 准教授)

J-MICC研究発足の経緯から第1期(2005年~2009年)までの足跡

浜島信之氏(名古屋大学大学院医学系研究科医療行政学 教授)

浜島信之氏

J-MICC研究が始まる直前、文部科学省特定領域研究総合がん総括班(領域代表:鶴尾隆先生)が立ち上がりました。そのなかの「がん疫学」には四つの研究項目、すなわち「国際比較によるがんの民族疫学的研究」「セキュリティ研究」「発がんリスクの個体差に対する分子疫学研究」「がんの進展・予後に関する臨床疫学的研究」がありました。こうしたなかで大規模コーホート運営準備委員会が設置されました。

J-MICC研究はがんを中心とした遺伝環境交互作用を解明することを目的としてスタートしました。ベースライン調査は5年間で10万人を集め、その後5年経ったところで二次調査を行う予定でスタートしました。検体は、buffy coat、血清、血漿を標準的な共通のサンプルとしました。当初、エンドポイントはがんの罹患とすべての死亡でしたが、コーホート研究はがん以外の疾患の発生もつかめますし、死亡に関しては他の疾患も研究対象にできるということで、非常に総合的な研究になってきました。研究対象は35歳から69歳の男女ですが、研究グループによって設定の仕方が少し違います。居住地は日本国内に定住し住民基本台帳に登録されている者。各調査グループ(当初は10グループ)の調査地区については、別途他の基準を設定してもよいということで、死亡小票、住民票、住民基本台帳の閲覧等に対応するため住民の住居地区を決定することでスタートしました。

コーホート研究の最大の懸案事項は研究費です。科研費の処理上、予算は年度ごとの措置になります。予測で予算を配分しても、相手が人ですので登録の進捗には不確定要素があります。そうした対応に多くのエネルギーを使いました。結果として5年間で5万人を募集しましたが、この時かかった費用は設備費などを含め7億円でした。1人をエントリーするのに1万円ほどかかった計算になりますが、1万円で1人を募集するには大変な労力が必要です。研究者は人生の多くをこのコーホート研究に費やしてきたことになります。もう一つ大きな困難がありました。2001年にヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針ができましたが、当時ゲノムに対して日本人は特異なものと考えており、通常の生体試料を使ったものとは別の倫理指針が作られました。この倫理指針には複雑な手続きがあり、それが倫理指針違反を生む原因にもなっています。倫理指針違反が即ち倫理違反という勘違いが起こります。そもそも倫理学は意見が分かれた時にどう選択するかを研究する学問です。倫理学には義務論倫理学と結果論倫理学がありますが、疫学者や医療者は最大多数の最大幸福をよしとする結果論倫理学に立脚しています。

最初の5年間は痛みを伴うこともありましたし、思い出すと怒りを感じるような事例もありました。しかし、多くの研究者がたくさんの時間を費やし、J-MICC研究を支えてきたことで今があります。

J–MICC研究の目的:遺伝子環境交互作用の解明
J–MICC研究の目的:遺伝子環境交互作用の解明

J-MICC研究第2期(2010年~2015年)の活動と全国のコーホート研究との連携

田中英夫氏(愛知県がんセンター研究所疫学・予防部 部長)

田中英夫氏

現在の研究は、東は千葉県、西が鹿児島、沖縄県を含め約15の県で実施しています。2010年当時は、参加者は約6万人でした。同じ地域でリクルートをしていますと、新たなリクルート数が減っていきますが、リクルートポイントや場所を変えるなどの工夫で増やしていくことができました。また、2011年には新たに九州大学感染制御医学コーホートが参画され、静岡県立大学のコーホートも開始されました。2013年には伊賀コーホートに入っていただき、2014年に10万人を達成することができました。

近年は国内のコーホートとの連携を重視しています。山形大学と慶應義塾大学のコーホートにはJ-MICC研究の調査票を使っていただき、データの共通化を図っています。国立がん研究センターが運営するJPHC-NEXTとは将来的に統合解析ができるよう、互いの調査票データの統合に向けた妥当性の検証作業も進めています。各コーホート研究実施グループとは代表者による運営委員会を作っています。また、がん支援活動として外部の研究者にもがんの生体試料等を使ってもらっており、内部に共同研究促進委員会を作ってマッチングを行っています。

進捗状況ですが、2015年6月までにがん罹患4500名、死亡3200名の死因の把握をしております。ベースラインデータおよびDNAを使ったゲノム横断研究も順次進めており、がん罹患の4500名の300あまりの遺伝子多型(SNP)解析を行い、現在までに20数編の原著論文が出ております。

追跡調査は2025年まで実施し、その後10年間で解析する予定です。コーホート研究で最も重要なのは追跡調査です。生死の確認を住民票照会、または住民基本台帳の閲覧で把握し、死亡が分かった方については、保健所に死亡小票を閲覧しに行き、死因を把握しています。また、がんその他の生活習慣病の罹患の把握については、各研究機関でやり方はさまざまですが、病院訪問調査、地域がん登録との照合、レセプトの調査、二次調査の時点での面接、あるいは定期健診での検査値で情報を把握しています。

生体試料については、名古屋大学の中央事務局と各施設で分散保管を行っています。東日本大震災後、名古屋大学でリクルートしたものは連携先の山形大学でも管理してもらっており、分散保管体制を徹底しています。

また、現在、バイオバンク・ジャパン(BBJ)との共同研究を進めています。BBJが研究対象としている47疾患について、理研と東大医科研との共同作業によってゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施します。その際、J-MICC参加者のうち1万4千名分のDNAを一般健常人コントロールとしてBBJに提供します。

最近は生体試料が蓄積され、追跡結果も出てきています。これまではベースラインデータ等を中心とした横断研究が中心でしたが、次の5年はアウトプットの創出の時期になると考えています。

J–MICC研究の研究組織体制
J–MICC研究の研究組織体制

J-MICC研究中央事務局の役割と今後の展望

若井建志氏(名古屋大学大学院医学系研究科予防医学 教授)

若井建志氏

中央事務局の役割は大きく三つあります。収集する情報・生体試料を管理すること、研究の手続き・手順が適正に実施されているかどうかを把握すること、研究に関する広報です。

管理しているデータは、ベースライン調査・第二次調査の調査票データ、検診データ(検診とタイアップしている場合)、特定健診に準じた検査データ(検診と別に参加者を募集している場合)です。追跡データに関しては、死亡、死因、転出、がんの罹患まででしたが、糖尿病など独自に研究を行っているサイトもあり、生活習慣病の予防も視野に入れた追跡調査の標準化を図っているところです。データは事務局で個人が特定できない形で連結可能匿名化し、J-MICC専用のIDでデータ管理しており、IDと個人情報との連結表は各研究グループでもっています。

収集する生体試料は、血清、血漿、DNAを抽出するbuffy coatであり、一部を中央事務局に集め、各研究コーホート施設と分散保管します。集めた生体試料を二次元バーコードチューブに各研究サイトで分注していただき、96本入りのバーコード付きのラックに入れ、このラックをアルミの貯蔵ラックを用いて、フリーザーに保管します。フリーザーにはこのアルミの貯蔵ラックが52個入り、予備を含めて29台のフリーザーで保管しています。現在、ベースライン調査から年齢分布のデータが得られています。J-MICC研究全体で解析する対象年齢を35~69歳に限定すると、60代前半から60代後半が多いという集団特性になっています。今後こうしたデータから、がんや生活習慣病の予防対策の発見につながる成果が出ることを期待しています。

当面事務局に課せられた使命は、①横断研究、②発病前診断(早期診断マーカーの発見)、③コーホート研究としての追跡調査を通して、最終的に遺伝環境交互作用を考慮した高危険度群の特定を目指し、必要なデータと試料を整備していくことです。がん発病前の診断研究については、臨床的にがんと診断された方と診断されなかった方で、血中の物質に差があるかどうかを検討していく予定です。

今後、GWAS用タイピングデータを用いた「J-MICC GWAS横断研究」(仮称)を進めます。GWASの意義は、既知の疾患メカニズムに関与する遺伝子上に存在するSNPと疾患の関係を検討する候補遺伝子アプローチ(candidate gene approach)ではなくて、ゲノム全体をカバーするようにSNPを測定して疾患との関連を検討できる点です。現在、J-MICC本体1万人プラス山形県コホート、鶴岡メタボロームコホートと同様のタイピングで行う共同研究を行っています。

最終的には、バイオマーカー、生体試料に三次GWAS用タイピングデータ、さらにJ-MICCのシークエンスデータも含めた試料データに追跡調査、死亡やがん罹患、あるいは循環器疾患等の罹患データも併せたデータの整備を目指します。J-MICCは、登山でいうとようやくベースキャンプに辿り着いたところです。

ベースライン調査参加者の性年齢分布
ベースライン調査参加者の性年齢分布

特別発言

三上春夫氏(千葉県がんセンター研究所がん予防センター予防疫学研究部 部長)

三上春夫氏

千葉地区の代表として、現場からみたJ-MICC研究について述べさせていただきます。リクルートは当初、市町村の検診台帳を参照して案内を出していましたが、個人情報に端を発しないリクルートが望ましいと考え、広告を各家庭に配布するポスティングの方法を開発することにしました。ポスティングでは案内が多くの広告などに紛れるので、印刷物のクオリティーを上げて手にとってもらえるようプロのデザイナーに関わってもらいました。

ベースライン調査の検診は、会社の営業の合間に顔を出したお父さん、親子連れでやってきた母親と娘、若い女性たちが友達同士誘い合って来るような、にぎやかでアットホームな現場になりました。受付は、検診の実施日と会場に来られる日をマッチングするために、NPO法人居宅介護支援の保健師さんに入っていただきました。検診内容の説明や調査票の郵送を含めた資料の配布など、煩雑な作業を行う大きな力になっていただきました。また、受付は全体の流れをコントロールする必要があり、人材派遣会社から看護師さんを含めたスタッフを派遣してもらいました。

こうしたリクルートシステムの構築により8600検体の血液を集めることができました。検体処理については臨床検査会社と提携しました。適切な温度で検体を3時間以内に処理しなければならないということで、分単位でスケジューリングしてバイク便で送るなど発送にも苦労しました。

研究は10年続けば成熟してきます。私は、全国がんセンター協議会加盟施設を対象に、がんの5年生存率を計算するKapWebの情報をホームページ上で公開しています。これを続けていく過程で、研究目的が明確化していくことを経験しました。データの整合性も出てきます。最初の数年は追跡率が悪いためにデータが安定しません。生存率研究においてもコーホート研究においても追跡率がいかに大切かということです。社会的な要請に真摯に対応して研究を長く継続していくことで、研究自体が大きく発展していくとともに、関わった研究者一人ひとりの内面に強い思いとして残っていくのではないかと思います。

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