魚摂取量に関連した遺伝子変異の発見

研究ファイルNo.65:12番染色体上ALDH2遺伝子が魚摂取量を決めている可能性

 魚を食べることは健康に良いことを多くの疫学研究が示していますので、世界各国の食事ガイドラインでは魚摂取を奨励しています。しかし魚を食べることに好き嫌いがあり、魚摂取が欧米に比べて多い日本人でも魚を嫌う方がおられます。魚摂取に遺伝子変異が関連することが考えられます。

 そこで今回、私たちはJ-MICC研究に参加された約14,000名の研究参加者の中から総食事摂取量が1日500~5,000kcalの範囲外の人や、飲酒中止者などを除外した13,739人を選び出し、アンケートデータをもとに半定量食品頻度法で計算した1日魚摂取量と約850万か所の遺伝⼦変異との関連をゲノムワイド関連解析(GWAS)という⼿法で網羅的に調べました。統計上の調整因子として年齢、性、総摂取熱量、集団階層化を補正するための遺伝子主成分1-10を用いました。加えて飲酒量を調整因子に追加した解析も行いました。また再現性検討のため他の集団(HERPACC-2研究)を用いた解析も行いました。さらに条件付き解析 (conditional analysis)を加えて今回の結果の考察に役立てました。条件付き解析とは遺伝子座の同一領域で最も重要な遺伝子変異の情報を共変数として使用し、解析を再実行することで実施します。一般にGWASの結果、ある遺伝子変異Aが有意水準であるGWAS有意(genome-wide significance、一般的に5×10-8以下)を超えたとしても、その遺伝子変異Aと連鎖不平衡(linkage disequilibrium: LD)にある別の遺伝子変異Bの影響を受けていて、実際にはその遺伝子変異Aは全く関与しない可能性があります。この過誤を防ぐために条件付き解析を行います。

 今回解析の結果、飲酒量での調整がないとき遺伝子変異37個(染色体12上に29個, 染色体14上に8個)が有意(P<5x10-8)に関連しましたが、飲酒量で調整した解析では遺伝子変異29個(染色体12上に18個, 染色体14上に11個)に減少しました。その結果をGWASの際によく⽤いられるマンハッタンプロットという図(図1)とQQプロットという図(図2)で⽰します。他の集団データを用いた再現性解析でも主解析結果を支持しました。染色体14上の遺伝子変異は機能が不明なタンパク質生成に関与していました。染色体12上の遺伝子変異はALDH2、BRAP、ACAD10、NAA25、HECTD4などの遺伝子上に存在するもので、それぞれは重要な機能を持っています。なかでもALDH(アセトアルデヒド脱水素酵素)2遺伝子変異rs671(遺伝子変異のID)は日本を含めた東アジア住民に発現頻度が多く、欠損rs671遺伝子変異をもつとアルコールの中間代謝産物のアセトアルデヒドの分解能力が極めて悪く、アセトアルデヒドが体内に残量するため飲酒による顔面紅潮、頭痛などの副作用を起こします。さてrs671遺伝子変異の情報を共変数として投入して条件付き解析を行うと他の17の遺伝子変異の統計的有意性はすべて消失しました。つまり魚摂取と関連する染色体12上の18個の遺伝子変異はすべて一つの遺伝子変異rs671からの影響を受けていると考えられます。

図1: 魚摂取量に関するGWASのマンハッタンプロット
横軸に染⾊体番号を、縦軸に-log10P-valueを取っています。これを見ますと第12番目と14番目の染色体に魚摂取と関連が強い遺伝子変異があることがわかります。

 

図2: 魚摂取量に関するGWASのQQプロット
X軸に帰無仮説から期待される-log10P、Y軸にGWASで実際観測された-log10Pをプロットしたもの。もし関連性が認められない場合45°のプロットになります。このプロットの場合、ほとんどは45°の線上におさまっていますが、一部がそこを外れてプロットされています。すなわち真の関連性があったわけです。

 
 本研究では欠損ALDH2遺伝子変異一つをもつと(遺伝子変異rs671のヘテロ)魚摂取量が1日平均2.2g少なくなることがわかりました。それではお酒を飲めない人はなぜ魚摂取が少なくなるのでしょうか。魚には少量のアセトアルデヒドが含まれていることが知られています。この少量のアセトアルデヒドがお酒を飲めない人の一部に対して不快感を与えることがお酒を飲めない人の魚摂取が少なくなる可能性があります。しかしアセトアルデヒドは魚以外の食品である果物や乳製品などにも含まれていることが知られています。お酒を飲めない人が魚以外のこれらの食品に対しても摂取が少なくなるかどうかについては今後の研究が待たれます。

出典:

  • Suzuki T, Nakamura Y, Matsuo K, Oze I, Doi Y, Narita A, Shimizu A, Imaeda N, Goto C, Matsui K, Nakatochi M, Miura K, Takashima N, Kuriki K, Shimanoe C, Tanaka K, Ikezaki H, Murata M, Ibusuki R, Takezaki T, Koyanagi Y, Ito H, Matsui D, Koyama T, Mikami H, Nakamura Y, Suzuki S, Nishiyama T, Katsuura-Kamano S, Arisawa K, Takeuchi K, Tamura T, Okada R, Kubo Y, Momozawa Y, Kubo M, Kita Y, Wakai K; J-MICC Research Group. A genome-wide association study on fish consumption in a Japanese population-the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort study. Eur J Clin Nutr. 2021 Mar;75(3):480-488
カテゴリー: 遺伝子多型, 食事 パーマリンク